2017年11月23日木曜日

熊野市紀和鉱山資料館へ

昨日は三重県熊野市の「熊野市紀和鉱山資料館」へ行ってきました。(写真は以前に行った時の物です。)


目的は、

・那智勝浦町大野の「円満地鉱山」に関する情報を探す
・前回探索の紀和町「千人間歩」について聞いてみる

ことでした。


ちなみに館内は、紀和町の地質と鉱山の歴史、車輌や機材の実物展示、鉱物の標本などが充実しています。


個人的なお気に入りポイントはマネキンさんがリアルなこと(首タオルのヨゴシとか)と、竪坑エレベーター的CG映像が流れるエレベーターです(*^-^*)

学芸員さんに聞いてみた結果、

・石原産業の資料は紀州鉱山の分しか置いてないこと
・円満地鉱山の最終所有者は三菱金属鉱業で、資料も三菱にそっくり渡ったらしいこと
・千人間歩の話は聞いたことがあるかも?なこと
・千人間歩内にあった「元祖はしご様(雁木(がんぎ))」は基本的に江戸時代に使われていたはず

とのことでした。また、貴重な写真や図面を多数見せてもらい、竪坑エレベーターの「坑内巻室」の様子や、頂点の滑車の部分など謎がかなり解けました!お忙しい所ありがとうございましたm(_ _)m

今後は高津気古隧道の不定期掘削と並行して円満地鉱山の情報探し、場合によっては紀和町付近の坑口捜索に進出するかも、です。


おまけ写真。これも以前訪れた「湯ノ口温泉トロッコ電車」のバテロコ列車です。紀和町へ行ったら鉱山資料館で勉強して、人車に乗って温泉に入るべし!(^_^)/

……実はやまたんは、まだ温泉入ってません。また行かねば!!(^_^;)

2017年11月21日火曜日

熊野市紀和町の廃鉱山「千人間歩(?)」

昨日の探索。今回は三重県熊野市の廃鉱山「千人間歩(せんにんまぶ)」と思われる所へ出張探索です。場所は紀和町和気の付近。北へ数キロも行けば、紀州鉱山の遺構群がある所の近くでもあります。

「千人間歩」は各地にある坑道通称ですが、大体は昼夜交代で千人(くらい大勢)の作業員さんが入坑していた、ということから名付けられたと思います。しかし今回の場所は、過去に大きな水没事故があった為に名付けられた、と情報提供者さんから聞きました。


林道を歩いて十数分、カーブを振り返ると……


 坑口が!これが千人間歩?かな?もっと大きい坑口を想像してた。岩がとてももろいです(||゜Д゜)


外側は高さ1,4mくらいの石垣が、


内側では2,3mくらいの深さに。もち垂直です。崩落した坑口にさらに石垣作ったな。坑内で怪我したら脱出不可になるトラップでもあります。


すでにシュリンケージみたいな香り。変わった坑口だな~。最初の4mほどのみ、長靴でOKな水溜まりになっています。


奥には上下2段に坑道が。上段はすぐ先で下段に合流して、上下に高い坑道を形成しています。そして左下には細長い竪坑、というより、今立っている地面そのものがシュリンケージに積もったズリのようです。

この先でも上段に坑道、隅に細長い竪坑、というパターンが数カ所ありました。


もちろんモフモフも。この他にお馴染みキクガシラも居ました。所々にコロニーがあって、かなり沢山居ます(^_^;)


これは……地下足袋っぽい。こういう遺物は生々しいです。


シュリンケージ→かがんで通る坑道→シュリンケージ→かがんで通る坑道、という繰り返しで、やがて支保工がある所に出ました。

ここから地面が一階層分下に下がっていて(というかズリが無くなって?)左後方と正面(イの字形)に分岐しています。


左後方は10mほどで閉塞行き止まり。向こう側から土砂が詰められていて、植物の根っこが出ています。ここが本来の坑口だと思います。分岐からここまでは枕木が残っていました(*^-^*)

最初に入ってきた縦長の坑口は恐らく、鉱脈に沿って掘るうちに外に貫通したか、現在の林道を作る時に岩壁を切ったら坑道が出てきたか、だと思われます。


分岐へ戻って正面の坑道を進みます。高さ2mほどの天井が坑木の足場でズリが乗っていますが、これならまだ安心レベルです(^_^)/
(※坑木は腐っていますが、やまたんの警戒センサーも腐っています(*´▽`*))


ちょっと進んで振り返った所。坑口方向から見ると、終始右上に向かって掘り上げられています。また、場所によっては鮮やかな赤色が目立ちます。


進むとまた狭い坑道に。背中丸めないと進めません。こ…腰が……(T_T)

写真の上端中央の緑色、銅が滲んでいるようです。美しい!そういえば円満地のコンクリ坑門にもあったな。


ズリにも緑色。もちろん元の位置に戻しておきました。次の見学者さんのためにも…って誰も来ないか(^_^;)


背中丸めたまま分岐が。正面にはトロッコの枕木も続いています。


分岐の右側はすぐ行き止まり、しゃがまないと進めない狭さでした。そして分岐点には……元祖はしご様!丸太を階段状に削った、古いタイプのはしごですね。


生き埋めスイッチ」の一種を発見!(元ネタはブログ「南紀の山のどこかで」様です。ありがとうございますm(_ _)m)

ここまでダラダラと書いてきましたが、ほとんど分岐が無い一本道の坑道が、実際ダラダラと続いています(汗)


 スイッチのすぐ先にビンが。「わ~いビン(酒)だ~!」て駆け寄ると、スイッチの坑木に接触して天井が落ちてくるパターンですね。どこのベトナムだよ((((;゜Д゜))))

ビンには丸に点のマークと「DAINIPPON BREWERY CO LTD」のエンボスが。だいぶ古い酒。大日本ってことは戦前~戦後間もない頃かな?


ここから崩落がひどくなってきて、少し先でほとんど埋まっていました。ここで引き返すことに。


カキカキ。左側は登りではなく右カーブを示します。坑木も足場も描いて無いおおよその図です。

事前情報では大きな水没事故があったことと、近くに慰霊碑があったらしいですが、水没区画も慰霊碑も見付けられませんでした。

しかし、改めて情報提供者さんに確認したところ、坑口の形はこれで合ってるそうなので、恐らく「千人間歩」だったと思われます。近く文献資料のコピーが届く予定。

「千人間歩」ならもっと古い(江戸時代とか)坑道のはずで、確かに古いはしごもあるし、でも枕木もあるし、よくわからんな~(´Д`)再開発で掘り直されたか?

円満地の資料を探す目的の紀和鉱山資料館も休館日と知った上での出張探索だったので、もう一度鉱山資料館へ行かねば!んで学芸員さんに聞いてみよう。

2017年11月16日木曜日

今後の予定

しばらくの間、ブログも探索も低速運行になります。

・高津気の隧道は、仕事のタイミングを見つつ、少しずつ掘る。

・前回軽く探索した円満地公園の廃鉱山の資料を探す&「千人間歩」軽探索のため熊野市紀和町へ行く。

円満地の廃鉱山は石原産業が買収した鉱区の一部だと思うので、紀和鉱山資料館に何か資料が残ってないか探して竪坑の下がどうなっているのか分かればいいな、と考えています。

ついでに、紀和町近くの人に教えてもらった「千人間歩(せんにんまぶ)」なる坑道を下見するつもりです。紀和町のある場所に、大きい断面の坑道が塞がれずに残っているとか。

あと、新しい装備を整えたり、縄ばしご作ったり、訓練したりで地味に忙しくなりそうです(*^-^*)

2017年11月11日土曜日

くだらん妄想&小探索

昨日の廃鉱山探索から一夜明けて、腐りきった坑木などの手触りとニオイが忘れられず。

そういえば昔、屋久島へ行った時「屋久杉の香り」なる缶詰があって、初めて”匂いの缶詰”なるものを知ったのでした。

ん?…ということは?……キュピーンッ💡

「ジュワッと染み出す木汁、トロける舌触り~熟成された支保工の香り」
「ザクザク爽快!鉄分補給に~打ち捨てられたズリの香り」
「夜勤疲れもシャキッと冴える~ヒロ〇ンの香り」

お部屋に居ながら手軽に廃坑気分♪すべての原料は、やまたんが危険な手作業で採取しております。(お値段1ケ4,800円)

……とか妄想してるうちに早朝勤務を終えて、朝から小探索へGO!やまたんでGO!


 メジャー物件で難易度0。その辺に転がってるやつ。


もちろんエントリーも楽々。



 ゆるい左カーブ。



 ここでバーベキューしたら気持ちいいかも。来年こそは「夏の未成道BBQ2018!」開催しちゃう?(←ウソです)



 対岸には道もなし。


2017年11月10日金曜日

那智勝浦町大野の廃鉱山

本日は那智勝浦町大野、円満地公園付近の廃鉱山へ行ってきました。お食事中の方は閲覧ご注意ください。
(一部暗い写真は、モニターの明るさ調整をして頂くと見やすくなるかもしれません。)

先駆者さまのブログ「南紀の山のどこかで」
http://blog.livedoor.jp/panda333011/archives/8432786.html
を参考にさせて頂いております。ありがとうございますm(_ _)m


円満地公園へ向かう川沿いの道。気持ちのよいお天気とは裏腹に、自分が数十分後に暗い穴の中ですることを想像すると、少し気が沈みます(^_^;)


途中の道ばたにこんなものが。
「君たちは、この世の地上で私を最後に目撃した者となるかもしれない」なんつって。


 で、やってきました坑口。実はここに来るまで隣のズリ斜面を直接登ってて(しかもハシゴ担いだまま)、坑口が見つからずに少々体力と時間を消耗しています(汗)


 坑口からのぞき込む坑内。幅3mほどの広い坑道で、目立った崩落もありません。平で歩きやすいです。


 ここで左右と正面に分岐する十字路。奥にコンクリ巻の坑門が見えています。


 分岐の右側。下から上までシュリンケージみたいに掘られていて、通行不可です。

すぐ先にズリが乗った足場がありますが、その先も掘られていていて島になっているので、あまり渡る意味がなさそうです。


 分岐の左側はすぐに斜坑があって、分岐右の下のほうに繋がっているようです。こちらはギリギリ壁沿いのズリに乗って渡れました。

写真は奥から十字路を見る方向です。


 上のほうに明かりが見えたので、地表に貫通しています。また、左上にも横穴があって、ハシゴかけて足場の坑木を慎重にずらせば入れそうですが、今回はパス。


 十字路を正面に進んで、問題の竪坑前に来ました。「南紀の山のどこかで」さまの記事通り、ほとんど道幅いっぱいに幅3,5×奥行き2mくらいの広い穴が開いています。小石を落とすと約3秒で衝突音が。深さ40mくらいか?

さらに周りは残骸だらけで穴のふちがよく分かりません。最初は残骸をどかしてハシゴを…と思っていましたが「これは厳しいですね~。」

で、少し考えて、渡る方法を見付けました。しかし、失敗したら確実に死ぬのと、その場合迷惑が掛かる人々のことを考えること10分ほど。

「落ちたら、痛いだろうな……(・ω・`;)」

「探しに来る人もいないだろう…(´;ω;`)」

「今までの私の人生、ありがとう…みんなみんな、ありがとう…………(*´▽`*)」






…… 結局渡るww。誰も真似しないと思いますが、危ないので方法は伏せておきます(^_^;)

そしてついに坑門の前へ。ここから、総延長数キロにも渡る未知の長大坑道への旅が始まる!(かも?)と思うと、ワクワクドキドキ(*^-^*)


 はやる気持ちを抑えて、まずは振り返る。坑口の明かりが見えます。地上よ、しばしの別れだ。ついに本物の地下へ!いざッ!!


おぉ、坑道のサイズが大きくなったぞ!次は何が……


 ……う……うぷっ!!おええ゙ぇーー!!!
こんな大量のコウモリの落とし物は、初めて見た…il||li (OдO`) il||li


 はぁ、はぁ…行く手には低いコンクリの壁が。


 大きなカマボコ型の部屋(幅10m×奥行き8m×高さ5mくらい)になっていて、隅の方にガラス片。


 木箱。


 コンクリ導水路?
この部屋は行き止まりだ。どうなっているんだ?長大坑道はどこに?

そして振り向くと……。


 入ってきた時は気付かなかった上への坑道が!何なんだこれは!!


 崩れないか確認して、コンクリ階段を上る。階段の頂点から振り返ったところ。


 ここもコンクリ巻きで、隅に木製の階段が。でも、腐ってるから使えない。ステップとステップの間のズリ部分に足を入れて、慎重に登ります。階段を壊さないようにゆっくり、ゆっくり…。


 途中でコンクリの台座が見えてきました。


 台座は2組。


 途中からコンクリ巻は終わって、岩肌に。大きな断面です。通過した坑門を上から見下ろす。


 一番上は行き止まり。ここも部屋。突き当たりの壁には碍子(がいし、電線張る時の絶縁支持部品)がきれいに残っています。


 坑内できれいに残ってる碍子は初めて見ました(^o^)


 天井には中央に鉄骨が1本。さらに坑木が屋根のように。


 そして床には竪坑。
分かった!これは竪坑エレベーターの最上部だ!(…と思います(^_^;))
たぶんここに滑車があって、さっきのカマボコ部屋にワイヤーのドラムと運転台があったのかも。


 深い深~い竪坑。下の階で渡った竪坑と一直線です。底まで光が届きましぇん。怖いよー(T_T)


 カマボコ部屋に戻ってよく観察すると、銭湯の湯船みたいなコンクリの中央を仕切る壁に、円形(の一部)のくぼみが。やっぱりここにドラムがあったと思われます。

湯船が2つ、斜面の台座も2組、竪坑も横に広いので、エレベーターには2基のケージがあったとも思われます。こりゃ本格的じゃ!(;゚д゚)


 帰る途中で気付いた骨。先駆者さまの記事にもあったものですね。


 なんだろう?犬とか?シカか?ずいぶんアゴが尖ってんな。

帰宅後にカキカキφ(._.)
こういう形だったんだな。右下が坑口。山の断面図、みたいな。絵の具で色着けたら分かりやすそう。下手ですんませんm(_ _)m


 結局使わなかったハシゴを担いで帰るとこの自撮り(笑)

長大坑道には至らなかったものの、大満足お腹いっぱいの探索でした!